関塾タイムス
あなたの「英雄」はだれですか?― 関塾の先生に聞きました!

英雄たちが教えてくれること

 文武の才に優れ、非凡なことを成し遂げる人物――英雄。歴史上の人物、物語で活躍する勇者、記録や記憶に残るスポーツ選手など、英雄と呼ばれる人はたくさんいますね。皆さんにとっての英雄は、どんな人物でしょうか?  今回は、関塾の先生方に「あなたにとって英雄とは?」と尋ねてみたところ、実にいろいろな答えが返ってきました。困難を乗り越える時に勇気をもらえる、人生のお手本にしているなど、先生方の思い入れたっぷりのメッセージを紹介しましょう!

逆境にも負けず、時代の荒波を生き抜いた人々

毅然として国を守る - 北条時宗

 鎌倉時代を生きた政治家で、 鎌倉幕府第8代執権。この時宗が政治のトップに立った頃、モンゴル帝国ではフビライ・ハンが皇帝に即位し、国号を元としました。中国全土を支配し、強大な力を持った元に対して、時宗は毅然とした態度で応じたそうです。「元に何度も『服従するように』と求められても応じなかった時宗。国の警備を強化して元寇を乗り越えた彼は、まさに“救国の英雄”だと思います!(埼玉県 Dr.関塾せんげん台校 杉森憲一先生)」

病とも戦った智将 - 大谷吉継

関ヶ原の戦いでは石田三成の西軍に参加し、散っていった大谷吉継。病のため失明していたにも関わらず、輿に乗って自軍を采配したそうです。敵味方関係なく人望が厚かった武将であったといいます。「多くの部下に支えられ、乱世を駆け抜けていったところに惹かれます(埼玉県 Dr.関塾せんげん台校 教室長・岡村啓一先生)」

日本一の兵 - 真田信繁

 真田幸村として、江戸時代から現代に至るまで、人々の心をとらえ続ける戦国武将です。「大阪の陣では豊臣氏の味方となって、散っていった真田幸村。徳川方からすれば敵なのに、江戸時代においても『日本一の兵』と称えられたほど、かっこいい生き様が魅力なんですよ(東京都 Dr.関塾鶴川校 川口竜央先生)」

生涯無傷だった猛将 - 本多忠勝

 徳川家臣団きっての猛将。生涯で57回も戦に参加したのに、かすり傷一つ負わなかったそうです。「その勇猛な戦いぶりは敵からも称賛されました。幼い頃から家康を支えてきたところもかっこいいですね。逸話もたくさん残っています。日本史の授業で取り上げてほしいほどです(埼玉県 Dr.関塾せんげん台校 島﨑麻琴先生)」

まず行動の倹約家 - 上杉治憲

 上杉鷹山の名で知られる人物。倹約に努め、米沢藩(山形県)の借金を返済した江戸時代中期の大名です。「鷹山は『為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり』という言葉を遺しました。まずは実行。考えてばかりでは前に進めない。結果が出ないのは努力が足りないから!(大阪府 Dr.関塾津田元町校 塾頭・井手正和先生)」

薩摩藩を救った男 - 調所広郷

 笑左衛門の通称で呼ばれた、江戸後期の薩摩藩の家老。五百 万両という莫大な借金を抱え破産寸前だった藩を、貯金ができるまでに回復させました。「薩摩藩を救い、明治維新の原動力をつくった人物です(鹿児島県 Dr.関塾中山バイパス校 野畑周作先生)」

奇跡の人 - ヘレン・ケラー

 「聴力、視力、言葉を失いながらも努力を重ね、大学にも進学。世界中に感動と勇気を与えた女性です(鹿児島県 Dr.関塾中山バイパス校 新山郁代先生)」

ユダヤの人々を救う - 杉原千畝

 「ナチス・ドイツの迫害から逃れた人々の命を救うため、組織と戦った英雄です。その姿に感銘を受けました(埼玉県 Dr.関塾せんげん台校 田中啓行先生)

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大政奉還150年 - 幕末を歩いてみよう

江戸時代から150年

 2017年は「大政奉還」から150年という節目です。大政奉還を江戸時代の終わりとする一説からも、時代の流れを感じることができます。  今回は、3人の主人公(井伊直弼・坂本龍馬・徳川慶喜)の証言を聞きながら、幕末を歩いてみましょう。それぞれの人物の立場から歴史を見てみると、難しい用語も頭に入ってくるはずです。誰もが日本のためを思って戦った時代。その想いを想像しながら、物語を読むように歴史を学んでみましょう。

【第一幕】ペリー来航~安政の大獄

ペリーの「黒船」が浦賀にやって来た! 日 本
府は大名たちに考えを聞きましたが、意見は二つに分かれてしまいました。
①黒船に攻め込まれたら、到底勝ち目はない。開国をして、貿易をするべきだ。【開国派】
②外国の言いなりになってはたまらない。追い払うべきだ!【攘夷派】

幕府の決定

結局、幕府は“開国”を選択しました。翌年、再びやって来たペリーと日米和親条約を結び、下田(静岡県)と函館(北海道)を開港しました。そして、開国派であった井伊直弼は、大老(臨時に置かれた将軍の補佐役)となったのです。
1858年、幕府は朝廷の許可を得ないまま日米修好通商条約を結ぶと、物価が急上昇するなど大きな打撃を受けました。この条約では、日本は輸入品に関税をかけることができず(関税自主権がない)、また領事裁判権が認められたので、*外国人の犯罪を日本は裁くことができませんでした。

-----不平等だ!反対だ!----

幕府の政策に 文句を言うなら、 処罰するぞ!

安政の大獄

井伊直弼 相手の条件をのまなければ、日本は攻め込まれていたのだぞ。ただでさえ国が混乱している時だというのに、攘夷派は幕府の政治を批判して社会の秩序を乱そうとしている。 そもそも、政治を幕府に任せっきりなはずの朝廷まで、非難をするのはあり得ない。この非難に関わった者たちは、大名や公家であろうと容赦はしない。徹底して処罰するぞ!
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